Webふぉれすと
Web制作、Webデザインのスキルアップに役立つ情報をお届けします!
みんなが癒され、元気になるWebを目指します。
サイトマップはこちら
PI-chicc,PA-chicc
うぇぶ実験室
ふぉれすとCafe
NANAKORO*BEANS
くりっくりんく
イベント・セミナーを探せ!
ふぉれすとかわらばん
がしがし通信
今日のスタッフ
スタッフプロフィール
ご意見ご感想フォーム
トップページにもどる
Webふぉれすとトップ > うぇぶ実験室

はるるんの実験

【実験にあたって】
この実験ではあえて文字の大きさを固定していません。

【参照】実験使用文  ざしき童子のはなし  宮沢賢治:作

【実験1】行間を指定する(1行目のみline-height=150%指定、その他は下記の通り)

ざしき童子のはなし宮沢賢治:作

ぼくらの方の、ざしき童子(ボッコ)のはなしです。

<行間100%>
あかるいひるま、みんなが山へはたらきに出て、こどもがふたり、庭であそんで居(オ)りました。大きな家にたれも居(イ)ませんでしたから、そこらはしんとしています。
ところが家の、どこかのざしきで、ざわっざわっと箒(ホウキ)の音がしたのです。
ふたりのこどもは、おたがい肩にしっかりと手を組みあって、こっそり行ってみましたが、どのざしきにもたれも居ず、刀の箱もひっそりとして、かきねの檜葉(ヒバ)が、いよいよ青く見えるきり、たれもどこにも居ませんでした。
ざわっざわっと箒の音がきこえます。
とおくの百舌(モズ)の声なのか、北上川の瀬の音か、どこかで豆を箕(ミ)にかけるのか、ふたりでいろいろ考えながら、だまって聴(キ)いてみましたが、やっぱりどれでもないようでした。
たしかにどこかで、ざわっざわっと箒の音がきこえたのです。
も一どこっそり、ざしきをのぞいてみましたが、どのざしきにもたれも居ず、たゞお日さまの光ばかり、そこらいちめん、あかるく降(フ)って居りました。
こんなのがざしき童子です。

<行間130%>
「大道(デエドウ)めぐり、大道めぐり。」
一生けん命、こう叫びながら、ちょうど十人の子供らが、両手をつないで円(マル)くなり、ぐるぐるぐるぐる、座敷のなかをまわっていました。どの子もみんな、そのうちのお振舞(フルマイ)によばれて来たのです。
ぐるぐるぐるぐる、まわってあそんで居りました。
そしたらいつか、十一人になりました。
ひとりも知らない顔がなく、ひとりもおんなじ顔がなく、それでもやっぱり、どう数えても十一人だけ居りました。その殖(フ)えた一人がざしきぼっこなのだぞと、大人が出て来て云いました。
けれどもたれが殖えたのか、とにかくみんな、自分だけは、何(ドウ)だってざしきぼっこだないと、一生けん命眼を張って、きちんと座(スワ)って居りました。
こんなのがざしきぼっこです。

<行間200%>
それからまたこういうのです。
ある大きな本家では、いつも旧の八月のはじめに、如来(ニョライ)さまのおまつりで、分家の子供らをよぶのでしたが、ある年、その中の一人の子が、はしかにかかってやすんでいました。
「如来さんの祭へ行くたい。如来さんの祭へ行くたい。」と、その子は寝ていて、毎日毎日云いました。
「祭延(ノ)ばすから早くよくなれ。」本家のおばあさんが見舞(ミマイ)に行って、その子の頭をなでて云いました。
その子は九月によくなりました。
そこでみんなはよばれました。ところがほかの子供らは、いままで祭を延ばされたり、鉛の兎(ウサギ)を見舞にとられたりしたので、何ともおもしろくなくてたまりませんでした。あいつのためにひどいめにあった。もう今日は来ても何(ドウ)したってあそばないて、と約束しました。
「おゝ、来たぞ、来たぞ。」みんながざしきであそんでいたとき、にわかに一人が叫びました。「ようし、かくれろ。」みんなは次の、小さなざしきへかけ込みました。
そしたらどうです。そのざしきのまん中に、今やっと来たばっかりの筈(ハズ)の、あのはしかをやんだ子が、まるっきり瘠(ヤ)せて青ざめて、泣き出しそうな顔をして、新しい熊のおもちゃを持って、きちんと座っていたのです。
「ざしきぼっこだ」一人が叫んで遁(ニ)げだしました。みんなもわあっと遁げました。
ざしきぼっこは泣きました。
こんなのがざしきぼっこです。

<行間300%>
また、北上川の朗明寺(ロウミョウジ)の淵(フチ)の渡し守(モリ)が、ある日わたしに云いました。
「旧暦八月十七日の晩に、おらは酒をのんで早く寝た。おおい、おおいと向うで呼んだ。起きて小屋から出てみたら、お月さまはちょうどそらのてっぺんだ。おらは急いで舟だして、向うの岸に行ってみたらば、紋付(モンツキ)を着て刀をさし、袴(ハカマ)をはいたきれいな子供だ。たった一人で、白緒(シロオ)のぞうりもはいていた。渡るかと云ったら、たのむと云った。子どもは乗った。舟がまん中ごろに来たとき、おらは見ないふりしてよく子供を見た。きちんと膝に手を置いて、そらを見ながら座っていた。
お前さん今からどこへ行く、どこから来たってきいたらば、子供はかわいい声で答えた。そこの笹田(ササダ)のうちにずいぶんながく居たけれど、もうあきたから外(ホカ)へ行くよ。なぜあきたねってきいたらば、子供はだまってわらっていた。どこへ行くねってまたきいたらば、更木(サラキ)の斎藤へ行くよと云った。岸に着いたら子供はもう居ず、おらは小屋の入口にこしかけていた。夢だかなんだかわからない。けれどもきっと本統(ホントウ)だ。それから笹田がおちぶれて、更木の斎藤では病気もすっかり直ったし、むすこも大学を終ったし、めきめき立派になったから。」
こんなのがざしき童子です。

(『月曜』大正十五年二月)

▼実験1では、行間にこだわってみた。
一般的には行間はフォントサイズの1.3〜1.5倍が見やすいとされているが、あえてそれより小さい1倍や大きい2倍、3倍で実験してみた。
フォントサイズと同じ行間だとつまりすぎて読みにくい印象。2倍、3倍までひろげると、間延びしすぎているように感じた。
ただし、文章の内容によっては、少し広めの行間をとるのもありかな?と思った。

▽ちょこパン「同じ行間でも文字の大きさによって受ける印象が違うと思いました。<行間200%>は小さ目の文字が良く大き目の字になると間があき過ぎると思いました。文章の内容によっても文字の大きさ、行間の開け方は違うと思う。」

【実験2】背景色を考える(行間1行目のみline-height=150%指定、その他は130%指定)

ざしき童子のはなし宮沢賢治:作

<背景色指定なし 文字色"#000000"と"#663333">
ぼくらの方の、ざしき童子(ボッコ)のはなしです。

あかるいひるま、みんなが山へはたらきに出て、こどもがふたり、庭であそんで居(オ)りました。大きな家にたれも居(イ)ませんでしたから、そこらはしんとしています。
ところが家の、どこかのざしきで、ざわっざわっと箒(ホウキ)の音がしたのです。
ふたりのこどもは、おたがい肩にしっかりと手を組みあって、こっそり行ってみましたが、どのざしきにもたれも居ず、刀の箱もひっそりとして、かきねの檜葉(ヒバ)が、いよいよ青く見えるきり、たれもどこにも居ませんでした。
ざわっざわっと箒の音がきこえます。
とおくの百舌(モズ)の声なのか、北上川の瀬の音か、どこかで豆を箕(ミ)にかけるのか、ふたりでいろいろ考えながら、だまって聴(キ)いてみましたが、やっぱりどれでもないようでした。
たしかにどこかで、ざわっざわっと箒の音がきこえたのです。
も一どこっそり、ざしきをのぞいてみましたが、どのざしきにもたれも居ず、たゞお日さまの光ばかり、そこらいちめん、あかるく降(フ)って居りました。
こんなのがざしき童子です。

<背景色"#008800" 文字色"#000000"と"#ff0000">
「大道(デエドウ)めぐり、大道めぐり。」
一生けん命、こう叫びながら、ちょうど十人の子供らが、両手をつないで円(マル)くなり、ぐるぐるぐるぐる、座敷のなかをまわっていました。どの子もみんな、そのうちのお振舞(フルマイ)によばれて来たのです。
ぐるぐるぐるぐる、まわってあそんで居りました。
そしたらいつか、十一人になりました。
ひとりも知らない顔がなく、ひとりもおんなじ顔がなく、それでもやっぱり、どう 数えても十一人だけ居りました。その殖(フ)えた一人がざしきぼっこなのだぞと、大人が出て来て云いました。
けれどもたれが殖えたのか、とにかくみんな、自分だけは、何(ドウ)だってざしきぼっこだないと、一生けん命眼を張って、きちんと座(スワ)って居りました。
こんなのがざしきぼっこです。
それからまたこういうのです。
ある大きな本家では、いつも旧の八月のはじめに、如来(ニョライ)さまのおまつりで、分家の子供らをよぶのでしたが、ある年、その中の一人の子が、はしかにかかってやすんでいました。
「如来さんの祭へ行くたい。如来さんの祭へ行くたい。」と、その子は寝ていて、毎日毎日云いました。
「祭延(ノ)ばすから早くよくなれ。」本家のおばあさんが見舞(ミマイ)に行って、その子の頭をなでて云いました。
その子は九月によくなりました。
そこでみんなはよばれました。ところがほかの子供らは、いままで祭を延ばされたり、鉛の兎(ウサギ)を見舞にとられたりしたので、何ともおもしろくなくてたまりませんでした。あいつのためにひどいめにあった。もう今日は来ても何(ドウ)したってあそばないて、と約束しました。
「おゝ、来たぞ、来たぞ。」みんながざしきであそんでいたとき、にわかに一人が叫びました。「ようし、かくれろ。」みんなは次の、小さなざしきへかけ込みました。
そしたらどうです。そのざしきのまん中に、今やっと来たばっかりの筈(ハズ)の、あのはしかをやんだ子が、まるっきり瘠(ヤ)せて青ざめて、泣き出しそうな顔をして、新しい熊のおもちゃを持って、きちんと座っていたのです。
「ざしきぼっこだ」一人が叫んで遁(ニ)げだしました。みんなもわあっと遁げました。
ざしきぼっこは泣きました。
こんなのがざしきぼっこです。

<背景色 "#ffffcc" 文字色"#000000"と"#666633">
また、北上川の朗明寺(ロウミョウジ)の淵(フチ)の渡し守(モリ)が、ある日わたしに云いました。
「旧暦八月十七日の晩に、おらは酒をのんで早く寝た。おおい、おおいと向うで呼んだ。起きて小屋から出てみたら、お月さまはちょうどそらのてっぺんだ。おらは急いで舟だして、向うの岸に行ってみたらば、紋付(モンツキ)を着て刀をさし、袴(ハカマ)をはいたきれいな子供だ。たった一人で、白緒(シロオ)のぞうりもはいていた。渡るかと云ったら、たのむと云った。子どもは乗った。舟がまん中ごろに来たとき、おらは見ないふりしてよく子供を見た。きちんと膝に手を置いて、そらを見ながら座っていた。
お前さん今からどこへ行く、どこから来たってきいたらば、子供はかわいい声で答えた。そこの笹田(ササダ)のうちにずいぶんながく居たけれど、もうあきたから外(ホカ)へ行くよ。なぜあきたねってきいたらば、子供はだまってわらっていた。どこへ行くねってまたきいたらば、更木(サラキ)の斎藤へ行くよと云った。岸に着いたら子供はもう居ず、おらは小屋の入口にこしかけていた。夢だかなんだかわからない。けれどもきっと本統(ホントウ)だ。それから笹田がおちぶれて、更木の斎藤では病気もすっかり直ったし、むすこも大学を終ったし、めきめき立派になったから。」
こんなのがざしき童子です。
(『月曜』大正十五年二月)

▼実験2では、背景色と文字色にこだわってみた。
背景色は邪魔にならない色、文字色は背景色と違和感がなく、明度差が大きいものを選定するのがいいとは思うのだが、なかなかこれといったものが見つからなかった。この実験で背景色のベージュは意外と使えるのではないかと思った。

▽カメノコ「背景がうるさくて文字が見えづらい…というサイトは時々見かけるような気がします。背景色と文字色の関係は文章を読ませるためには大切だと思いました。」

前のページへ
うぇぶ実験室トップ
続きを読む

Copyright(c)2002-2004 Step-First All rights reserved. [About WebForest]
E-Mail:webforest@step-first.com