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Creater's Hyperlink Vol.01:長谷川恭久さんにHyperlink!

共著「スタイルシートスタイルブック」が好評のヤスヒサさん。
肩書きはデザイナーながら、プログラム、コンサル、ライター、コピーライトに至るまでマルチで活躍されています。執筆活動も精力的にこなす一方、私生活では愛猫ミコちゃんを溺愛する一面も!


ゲスト:長谷川恭久さん(ヤスヒサ
担当:kanappyIZUMI+SFメンバー有志(ピーチク)5名 

留学について
IZUMI: 留学経験をお持ちとのことですが、どこにどのくらいいたんですか?
ヤスヒサ: 合計で9年です。
その中で、イリノイ州のカーボンデイルという田舎町に6,7年ほどいました。シカゴが北の末端にあり、僕がいた街は南の末端。車だと6時間くらい離れてます。
kanappy: 留学の目的はなんだったのですか?
ヤスヒサ: 最初は少年よ大志を抱けみたいな感じで国連にでも入ろうかという勢いでして、それには最低限、英語は必要でしょってことで留学。大学も、関連のある国際政治学とフランス語を専攻していました。
フランス語をとった理由はアフリカ圏ではフランス語がかなり使われていることですね。
kanappy 行った当時の英語力は?
ヤスヒサ: 行ったのは高2の一学期後ですから、大したことないですね。
特に英語が出来たわけでもないです。一応英会話塾にも通っていてネイティブの人とワンツーマンのレッスンもうけていたけど、駄目でしたね。最初は高校へ入学しましたが、何をやっても駄目な時期が続いて、留学後3ヶ月くらいの時期にブチ切れましたね。

と言っても思いっきり泣いたとかそんな程度でしたが、それで力が抜けたのかその後は楽になりました。そして高校卒業後、1年ほど日本にもどり、アメリカの大学(http://www.siuc.edu/)へ入学したんです。
ピーチク: 最初は国連志望だったのがWebデザインに気持ちが変わったのはどうしてですか?
ヤスヒサ: 元々アート関連にも興味があり、趣味としてやっていたのですが、趣味が生活を支配して専攻を変えざるを得ない状態になったというのがひとつ。もうひとつは、趣味=お金にならないと考えていたのが、商業的アートという側面を見出したことでグッと現実味を帯びてきたことです。やりたいことが見つかった途端、あっさり大学の専攻を変えました(笑)
アメリカでは専攻は何度でも変えられるんです。単位と必須科目をちゃんとパスすれば!
ピーチク: ちなみに、変更後の専攻は?
ヤスヒサ: Visual Communicationという学科です。大げさなネーミングですけど、要するにデザインです。
その当時は、Webはほとんどしませんでしたね。で、そこから新卒で、制作会社に入りました。
Amazon.co.jpアソシエイト
ピーチクパーチクトップ
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