
自分のホームページを作ったという満足感で、ますますWebの道にのめりこんだもんじゃ。
「本格的にWebの仕事がしたい!」、はいいけれど……。
今の仕事どうするの?
そう。以前のエッセイにも触れたけど、私は長年「看護婦(今では“看護師”と言うようになりましたね!)」をしていました。
「手に職があっていいね〜。」「いつでも働けるもんね〜。」
これはよく言われた言葉です。
そしてその言葉のとおり一度仕事を離れても、復帰しようと思えば大抵はそんなに苦労することなく仕事に復帰することができます。出産・育児で何度か仕事を離れた私でも、ありがたいことにその都度復帰できました。とはいっても日進月歩の医療の世界。自分の知識が追いつくまではかなり苦労したけどね。とにかく私は一生看護師として仕事をしていくことに何の疑いも持ってなかったわけです。パソコンと出会い、自分のホームページを作るまでは…。
だけど運命に導かれ?Webの世界に入りたい!って思った背景には、純粋な気持ちだけではないさまざまな裏事情もあったのでした…よ!

看護師って、いわば看護のプロフェッショナルです。病院という大舞台ではプロフェッショナルの大集合となるわけで。みんな仕事に誇りを持っているわけで。人によってその度合いや表現の仕方は違っても、やっぱりプロフェッショナルゆえの自信を持っていましたね。
そんな中で、私は違う意味での“運命の人”と出会う羽目になってしまったのです。ドキドキッ!!
同じ外来スタッフの○○さん。
彼女は私よりも年下なんだけど、今までの知識と経験に基づいてバリバリガシガシと仕事をする人です。
自分に絶対の自信があるから、自分と異なった意見を持っている人に対しては、年上だろうがベテランだろうが容赦なくやり込めるほど強かったので、周りに敵を作るタイプでした。
仕事をしていく上でスタッフとのチームワークを一番に考え、楽しく仕事をしたいという私の考えは、当然彼女に受け入れられるはずはなかったの。
どんな仕事でも完璧にこなし、ミスは許さない。“人と仲良く”なんかは考えず、看護のレベルアップ、自分の地位向上を重視する彼女の性格が、私と折り合うはずはなかったのですね。(私だって看護のレベルアップくらい考えていたわい!)
一年間、看護研究を一緒にやっていったのだけど私の考えは何もかも否定され、論文の書き方や句読点ひとつにしても何度も修正をさせられ、挙句の果てには人間性までもを否定されてしまったんです。
そんなんで、私のストレスは頂点に達しました。体調も崩し過敏性腸炎の診断まで受けちゃいました。
もうこれ以上彼女と一緒に仕事をしていくのは耐えられない。早く病院を辞めたい。辞めたい、辞めたい、辞めた〜い!!
毎日毎日そのことばっかり考えていたんです。何ヶ月もずーっと。
そういう人間関係のストレスとは別なところで、私はWeb制作にのめりこんでいったわけで…。
まー、仕事のストレスを解消できるものを持っていただけでも私は幸せだったのかもしれない。
彼女と一緒に仕事をしたくない、という理由とWebデザインの仕事をしたいという気持ちが同時進行して、とうとう私は病院を辞めよう、そう決心をしたのです!

でも決心はしたものの…。
本当にいいのだろうか?って気持ちは捨て切れなかった。
○○さんを除けば他のどの部署のスタッフとも仲良くしていたし、良いコミュニケーションが取れていたのです。
でもそれ以前に、一生関わりつづけたいと思っていた内視鏡の仕事ができなくなるということが、自分の中で思った以上に難しいことでした。
一人の医師との出会いがきっかけで、内視鏡を使った検査や治療に関わることのおもしろさを知った私は、“内視鏡のプロフェッショナルになりたい!”と思い、一生のうちこんなに勉強したことはないだろうというほど勉強をして、内視鏡技師の資格を取っていたのです。それを捨てることができるのか…。
いやいや、それ以上に私が仕事を辞めて今後夫の給料だけで生活していけるのだろうか…。
心の中はぐちゃぐちゃでした。あぅ。
“Webの仕事がしたい”
“これ以上一人の人間に振り回されるのは真っ平ごめんだ”
“内視鏡の仕事が続けたい”
“みんなと別れたくない”
“生活していけないかもしれない”
“今のままじゃ前に進めない”
そんなことを思いながら、それでも一番強い気持ちは何か?と考えたら、やっぱり一番は“Webの仕事がしたい”ということだったんですね。
それでついに退職願を提出するに至ったんですよ。
総婦長には何度も何度も頭を下げられて思いとどまってくれと言われました。
仕事をしながら(Webの)勉強すればいいじゃない。そう何度もくり返されました。
総婦長のいうことはもっともです。私だってできればそうしたいよ…。でももう彼女と一緒にいるのは限界なんだよ…。
総婦長の説得に、後ろ髪を思いっきり引っ張られながらも私は「何ヶ月も考えて出した結論だから」、と話し謝りました。
イラナイといわれ首を切られる人もいる中、総婦長の言葉は本当にありがたかった。と同時に申し訳なく思います。でもここでとどまったら先には進めないから…。
退職願を提出したとたん、今までの心の葛藤が不思議なくらいきれいさっぱりなくなりまして、何で今までこんなに悩んでいたんだろう、って思うくらい気持ちが晴れ晴れしたのです!
今後の不安がないと言ったら嘘になるけど、それでも希望と期待のほうが大きかった。
4月って新しいことを始めるのには一番最適な時期。
今までさんざん悩んできたけれど、一生のうちでもこんなに大きな人生の転機はそうそうあるもんじゃないと思ってます。人間関係で悩んだことも、私を新しい世界へ導いてくれるきっかけのひとつになったのだと思うと、あんなに嫌いだった○○さんに感謝しなくちゃいけないのかもなー、なんてことを考えたりもしたりして(笑)
そういう意味で、彼女は私の“運命の人”であったわけです。はい。
病院を辞めました!看護師を辞めました!
さあ、Webの勉強に集中するぞぉぉぉ〜〜〜!!!
次回 「Webのスクールに通おう!」 に続きます。
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